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バックナンバー 螢光板
600号/2010. 1月号

 新年早々東洋大の強さに圧倒された箱根駅伝も終わり、お屠蘇気分もすっかりぬけたところで、大学は期末試験、入学試験そして国家試験の季節を迎える。みんな無事に進級してくれるか、国家試験に合格してくれるか、どんな学生が新しく入ってくるのか、個人的にも大学職員としても何が出来るわけでもないが、無用に気がもめる今日この頃である。そんな中、新年度に向け職場の講座で大掃除が始まった。

 なにしろ、若者たちは潔くどんどん棄てる。それに比べて、今まで何これと書類や物品を棄てずに蓄積してきた上司達は、全く潔くない。棄てられない。ここで突然、日ごろの上司と部下、学生と指導医、という立場が逆転する。

 綺麗に整頓されてゆくのは気持ちが良い、棄てても仕方ない正当な理由がある場合も拒絶出来ない。しかしなによりも厳しいのは、「イエスかノーか」と迫られる度、「お前はその物の真の価値を見出すことが出来るのか」、「その物を本当に今まで大切にしてきたのか」など、自分の見識や良識を問われる気がして反論する声が小さくなる。結局、その物の思い出話で勘弁してもらおうとする自分に気付く。そして、部下や学生の「またにしますか。」という温情を受けて、ほっとする。唾液腺や腎臓の講義のたび、我々の体は毎日、新陳代謝の中で大掃除しながら生きながらえているということを思い出す。生来こうした能力が備わっているのに、社会生活で上手く反映できないのは皮肉である。

 今年は温情に甘えず、少しまじめに自分の所蔵物達と向き合おうかと思う。



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