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バックナンバー 螢光板
633号/2013.5月号

ある時、親が研修先の病院に入院した。一泊の検査入院だから、どうということはない。でも、気分は少々複雑。就寝時刻を過ぎた頃を見計らい、そろりそろり病棟へ行く。すると、記録室に入るやいなや、スタッフに「お父さん、先生と仕草や話し方そっくりじゃない。あっ、逆か。」とか言われてしまい、動揺して思わず「そんなことはありません。顔は兎も角、そういうのは全然ありませんから。大体、皆さん。そんなに私の父親、知らないじゃないですか。」などと返す。でも、言えば言うほど笑いが大きくなるだけだった、と記憶する。

言葉で感謝したことはないが、両親のお陰でこの世に生まれたのだから、親に似たくなかった訳ではない。ただ、自分が気づいていない所を似ていると他人に指摘されると「いやいや。」となってしまう。自我が芽生え悪知恵がついても何処かに染み着いた親からの影響は、先天的か後天的かを問わず、ひょんな時に現われ出るらしい。

さらに他人の間でも、生まれたばかりのヒナが殻を破って初めて見たものを親だと思うのと同様に、初めて接した見方、考え方、方法論などは、10年、20年を経てもどこか自分の基盤の中に残り、いまだに影響を受けていると感じることがある。これは視点を転じてヒナを育てるべき立場から考えると、自分の仕業が相手に良し悪しなく受け入れられた上、それが延々と記憶に残ってしまうかもしれないのだから、頭が痛い。振り返ればあの頃を含め、父の方こそ「馬鹿だね。そこは似るなよ。」と苦笑してこちらを見ていたのだろう。今更、そう思う。



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