バックナンバー 螢光板
651号/2015.3月号

子供に「どんな食べ物が好き?」と聞いたら「おかあさんが作った料理」という。泣かせる言葉である。一方、「結婚したし、節約の為にお弁当にしようかな。」という若者に「二人分作るの、偉いね。」とほめると「いえ、自分の分だけです。」という。これから大丈夫か。

同年代の友人が「もう、息子にお弁当作るの、止めた。」という。「何で?」と尋ねたら、「ある時から息子が弁当を残すようになり、その内、入れた覚えのないから揚げのカスを見つけた。」観察が、細かい。「子供はもう、学校で友達と買い食いする方が楽しいの。」とため息をつく。親にとって、子供の成長には喜びと寂しさが入り混じる。

寂しいといえば、「太りすぎだから。」と手作り弁当を渡され、ふたを開けて中身の寂しさにため息をつく、というのもある。ないしょで買った揚げ物を皿代わりのふたに乗せ、付いた油の痕跡を丹念に洗い落として弁当箱を持ち帰る。先の友人の話から察するに、これは決して証拠隠滅ではなく、作り主への敬意の証というべきか。

或る日、知り合いの先生が珍しくお弁当を持ってきた。「下の子が入学して弁当を持って行くので、ついでに作ってくれる事になった。」「卒業するまでの間だけど。」昔、上のお子さんだけ連れて地方に赴任した事があり、その間は家事もままならず、時々コンビニ弁当の中身を弁当箱に移しかえて持たせていたという。「子供も大変だったと思うけど、文句言われなかったなあ。」久しぶりのお弁当は美味しそうだった。色んな思いや思い出とともに、今年も春が訪れる。



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