バックナンバー 螢光板
654号/2015.6月号

梅雨に入っても気温が日によって10度近くの差があり、鍛えていない体には順応しづらい日々である。また各地での火山活動が活発化し、日本列島の環境そのものが穏やかなものから、荒々しく極端に振れるものになってきたらしい。そのような時代だからなのか、「癒し」を売りにする生活様式や用品が巷に溢れている。

「癒し」は過剰なストレスを受け流して身を守る一つの方策であろう。ネット上に溢れているさまざまなブログによって自分が孤立した存在ではないと確認することも癒しに繋がっているという見方もある。少し前に大ヒットしたSF映画に世界中の多くの人間の一生がコンピュータによって管理され、バーチャル世界でのみ人は癒され、満足して生活しているように思わされているという未来社会を描いた作品があった。この映画の世界が、最近では技術革新のスピードにより全くの空想とは言えなくなっているらしい。「ビッグデータ」の収集・解析作業がネットとコンピュータがあれば可能になり、ある個人に最適な「お勧め」を送りつけることで、言わばコンピュータの「思考」がすでにわれわれの頭の中に入り込んでいる。

ある詩人が携帯電話の単語の候補提示機能が小うるさくて使っていられないと述べていた。言葉に厳しい詩人だからこその違和感なのだろう。もしかすると言葉を発想すること自体が日常の便利な道具によって代替され、自分の頭を経由しなくても使い方が難しい言葉を楽に使えるように思っているのかもしれない。日常の言葉について考えさせられた詩人の指摘であった。



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