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注目記事

Q&Aコーナー(597号/2009.10月号)

感染症ゲノム研究センター
上席研究員 清水一史

新型インフルエンザについて
 新型インフルエンザの流行が2009年4月に確認されました。病原ウイルスはヒト、トリ、北米ブタおよびユーラシアブタをそれぞれ宿主とする4種類のウイルスの重感染から生じた交雑体インフルエンザウイルスです。このウイルスは1998年頃ブタで発生し、10年間でヒトの中で効率よく伝播する能力を獲得したものと考えられています。この新型インフルエンザウイルスの大きな特徴の一つは、8分節の遺伝子の内ヒト由来のものはPB1遺伝子一つだけであることです。このようにヒト由来の遺伝子が一つだけのウイルスがヒトで大流行を起こしたのは初めてのことです。
 2009年3月にメキシコで流行が始まり、世界中の大部分の人が免疫を持っていないため感染が全世界に拡大し、2009年6月11日に世界保健機構(WHO)は警戒水準フェーズ6を宣言しました。新型インフルエンザの世界的大流行(パンデミック)が1968年の香港型インフルエンザ以来41年ぶりに発生したのです。
 ウイルスはメキシコ及び隣接する米国カリフォルニア州から航空機による人の移動により瞬く間に全世界に伝播されました。感染経路は季節性インフルエンザウイルスの場合と同様に、主にはくしゃみなどを介した飛沫感染です。
 感染症状は季節性インフルエンザと同様であり、突然の高熱、咳、咽頭痛、鼻汁、頭痛、倦怠感などですが、下痢、嘔吐の症状が通常より高い頻度でみられます。また、妊婦や基礎疾患(ぜん息、心疾患、糖尿病など)のある人では重篤化のリスクが高くなり、死亡率も高くなっています。
 抗インフルエンザ薬のリン酸オセルタミビル(タミフル)とザナミビル水和物(リレンザ)は今回の新型ウイルスに有効で、治療に使われます。しかし、アマンタジンおよびリマンタジンには新型ウイルスが耐性であるため、これらは治療には推奨されていません。ワクチンはすでに開発されており、10月中旬には接種が開始される見通しです。

Q:(1)何故夏に流行するのか
A:通常、季節性インフルエンザはわが国では11月から12月頃に全国的な流行が始まりますが、今回の新型インフルエンザでは夏場から第二波の始まりとみられる感染増大が起こり、季節性インフルエンザとは異なる流行様相を示しています。この原因は我々の多くが新型ウイルスに対する抗体を保有していないことによります。1人の感染者当たりが生産する2次感染者数R(the reproduction number;再生産数)が1より大きい場合は流行が拡大し、1より小さい場合には流行は起きません。空気中のインフルエンザウイルスは温度と湿度に弱く、そのため通常夏場ではRは1より小さくなり、流行が起こることはありません。しかし新型ウイルスの場合は免疫を持たないウイルス感受性者がほとんどであるので、その分2次感染の効率が高くなり、夏場の高温度と高湿度によるR値の低下を補ってRが1より大きくなり、流行が始まったと考えられます。

Q:(2)ワクチンの状態(季節性と新型の両方必要か)
A:新型ウイルスの抗原型は季節性インフルエンザの一つソ連かぜのウイルスと同じA型(H1N1)亜型です。両ウイルス共にスペインかぜウイルス由来のHA遺伝子を引継いでいますが、1918年以来ブタとヒトで別々に進化してきたためウイルス粒子表面の主要な抗原であるHAに対する免疫の交差反応性はほとんどありません。季節性インフルエンザワクチンの接種では新型ウイルスに対する中和抗体価はわずかしか上昇しないことが米国の研究で示されています。日本における研究では新型ウイルスに対する抗体はスペインかぜを経験した90歳以上の人の50~60%にはあったが、79歳以下の人にはほとんど無かったことが報告されています。したがって、季節性と新型の両方に備えるためには全年齢層両方のワクチンを接種することが望ましいといえます。季節性にはある程度の免疫があること、新型の流行が既に始まっていることを考慮すると新型のワクチン接種を優先すべきでしょう。

著書・出版(591号/2009. 3月号)

源頼朝と歯周病―歴史を変えた偉人たちー
早川智 診断と治療社

 著者は日本大学医学部微生物学分野教授。もともと著者は産婦人科医である。知の旅の最初は胎盤の免疫の研究であったと推測される。そこから旅は全身の免疫学へ、そして微生物学からエイズをふくめたウイルス学へ。どこまでも触手をのばさないと気のすまない多彩な知の好奇心はついに研究室を飛び出し、「ミューズの病跡学I,II」(診断と治療社)として音楽家と美術家たちの背負った病の問題を映し出した。そして今回はそれに続く第3弾、歴史上の偉人たちの背負った病に焦点を当てる。内容は多彩で多くは紹介できない。主な目次を記す。おおよそ如何なる視点での記述か推察できるはずである。
 「ヘロデ王の糖尿病」、タイトルとなった「源頼朝の歯周病」「上杉謙信と高血圧」「石田三成と過敏性大腸炎」「スコットランド女王メアリの拒食症」「絶世の美女香妃の体臭」など56編。
 境界を問わない学際的な知は雑学と何処で区別しうるのか。本業の免疫学もまた著者にとってはひとつの雑学の対象であるのかも知れない。おそらく「そこしか見えない専門家」とは相当に違った視点で免疫学を現在深化させているはずである。いずれ著者の「免疫の意味論」を読みたいものである。

(H21.3 S.N.)

著書・出版(590号/2009. 1月号)

おもむくままに
田中忍(28回生) 筑波書林

 著者は日本大学医学部28回生(昭和30年卒)。茨城県筑西氏で産婦人科を開業の一方で真壁郡医師会理事や下館市教育委員長など多くの公職を勤められた。「おもむくままに」書かれた、看護学生への言葉や、医師会関係雑誌掲載の随想が本書の後半を占めるが、前半の「医学用語のもう一つの味わい方」は労作と呼ぶべきであろうと思う。医師・医療から身体各部における日本語の「語源」から「語義」「同義語」、そして最後に健康に関わることわざまでが丹念に記されている。知りたいとは思っていても著者のように診療の合間をぬって実際に「事を掘り下げる」ことのできる方は多くはない。医師のよって立つ、そしてわれわれの知識が発生したそもそもの歴史を、本書の記述の中に垣間見ることができる。

(H21.3 S.N.)

心脳蘇生への先進的挑戦 その3(590号/2009. 1月号)

循環器内科学分野教授 長尾 建

 胸骨圧迫心臓マッサージのみ蘇生法 vs.従来の蘇生法(口対口人工呼吸+胸骨圧迫心臓マッサージ)の比較(30日転帰)
 全症例、救急隊到着時心肺停止例(全症例の90%を占める)、救急隊到着時の初回心電図が心室細動または無脈性心室頻拍(VF/VT)であった例、救助者が心停止目撃4分以内に蘇生法を開始した例の30日転帰(生存率と良好な神経学的転帰)の比較を示す。全症例ではその転帰はそれぞれ有意差を示さなかった。しかしサブグループの心肺停止例、VF/VT例、早い蘇生法開始例では30日良好な神経学的転帰は、胸骨圧迫心臓マッサージのみ施行例が従来の蘇生法施行例より各々有意に高値であった。一方、30日生存率は各々有意差を示さなかった。
 VF/VT例に限定した市民が蘇生法を開始してから初回心電図記録までの時間(市民による蘇生施行時間)と30日良好な神経学的転帰の関係を示す。蘇生持続時間が約15分までは、胸骨圧迫心臓マッサージのみ蘇生法が従来の蘇生法より、いずれの時間帯でも高値を示し、有意差を示した。
 市民による蘇生法施行例に限定した30日良好な神経学的転帰に対する多変量ロジスティック分析を示す。胸骨圧迫心臓マッサージのみ蘇生法は従来の蘇生法に比し、その効果は2.2倍であった。
(8)SOS-KANTO研究の考案と限界
 本研究は世界ではじめて、市民による胸骨圧迫心臓マッサージのみ蘇生法が従来の蘇生法(口対口人工呼吸+胸骨圧迫心臓マッサージ)より、神経学的転帰に優れている結果であった。この理由として、1)本研究の症例数は他研究の症例数の2倍以上あったこと。2)胸骨圧迫心臓マッサージのみ蘇生法でもその施行中に肺換気が得られること。3)動物実験では、心停止12分間は動脈血酸素分圧が保持されること。4)持続的な胸骨圧迫心臓マッサージは、心脳循環が従来の蘇生法より良好に保持されることなどが考えられた。一方、限界点としては、1)本研究は無作為比較試験でないこと。2)非心臓性心停止の割合が少数であったこと(呼吸不全による心停止患者の検証が十分でない)。3)市民による蘇生法の質の評価が困難であった(蘇生開始から救急隊到着時までの蘇生法の質は一様でなく変化する)。4)心拍再開後の蘇生後ケアは規定しなかった(しかし転帰に関与する低体温療法施行の割合は蘇生施行2群間で同程度かつ低率であった)などがあげられた。
(9)SOS-KANTO研究の結論
 目撃された院外心停止成人患者に対する市民の蘇生法は、胸骨圧迫心臓マッサージのみが好ましい蘇生法であると結論した。



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